審判員のレベルを向上する、たったひとつの方法。

2017/06/14

今日もあの人が審判か・・・。

最近、会場へ足を運んでライブで見たフットサルの試合。
まったく別の日に別の会場で行われた3試合すべてに、ある一人のレフェリーが審判を務めておられた。

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たまたま見に行った試合に、3戦続けて同じレフェリーが笛を吹いていたのだ。その方は、カードをよく出すことで有名な方だ。度重なる偶然に、僕も驚いた。
そして残念なことに3試合とも、結果的にはレフェリーが主役といえる試合になってしまった。得点シーンでの大きなミスジャッジ(と僕が思っているだけかもしれないが)があったり、ジャッジの曖昧さから試合が荒れてしまい、異議によるイエローカードが乱発したり退場者や退席者が出たりした。3試合とも、僕の応援するチームは勝利に終わったが、手放しで喜べない後味の悪さが、喉の奥に残った。

レフェリングの巧拙と人間性はイコールではない。

そのレフェリーの方の人間性も性格も嫌いではないし、むしろ僕は好感を持っているが、レフェリングに関しては残念ながら下手くそだと思っている。なにをもって下手くそなのかと言われてしまうかもしれないが、ひとつひとつ挙げるには拙いところが多すぎるのでひとことで言う。下手くそなのだ。

あっさりミスを認めて軽めに謝り上手に切り抜ける人もいるにはいるが・・・。

例えば仕事で大きなミスをして、上司や先輩から叱責されるとしよう。普通なら頭を下げたり謝罪メールや始末書を書いたり、反省したりするはずだ。ところがレフェリーが完全なミスジャッジをしても、通常は謝らない。自信をもって事実とは逆のジャッジをしているのだ。時には開き直る場合がある。選手やベンチが非難を浴びせたら、謝るどころか異議を唱えた者には警告、さらに不服なら赤い切り札を見せて、出て行けと言う。

完全にレフェリーの間違いだったとしても、自信を持って誤った判定を下すレフェリーには、選手は絶対に勝てない。冤罪で退場を命じられた者は、そのレフェリーに対して敵意以外は抱かず、時には人間性まで否定してしまうこともある。

しかし、実際に話してみればわかる。件(くだん)のレフェリーは親しみやすく、聡明でとても素敵な方だ。恐らく彼もフットサルを愛しているし、一緒に酒でも飲めば話は尽きないだろう。上手なレフェリーはいい人で、下手くそなレフェリーは悪い人という分け方は正解ではないはずだ。

レベル向上の努力はしている。とりあえずリスペクトしなさいの一言で片づけた協会。

レフェリーが主役となる試合など、誰一人望んでいない。

チームや選手はレフェリーに対する不満を、運営にぶつける。運営は審判委員会にその旨を伝えるが、その意見は、審判員の技術向上のための参考にされるだけだ。

レベル向上の努力は・・・努力という意味でいうと、確かにしていると僕は評価している。
審判のアセスメントシステム(評価や教育の仕組み)はずいぶん進歩して、今では非常に優れたものが確立されていて、しかも都道府県にしっかり行き届いており、実際よく機能していると思う。また、レフェリーは個人または組織でよくトレーニングを行っており、皆おしなべて意識も高い。
ただし、努力が必ずしも成果に結びつくとは限らないのは、どの業界でも同じだ。

ところで、僕が競技フットサルの監督をしている頃、レフェリーが異議に対する警告を出す基準が明らかに変わった瞬間があった。ある日を境に、少しでも異議を唱えれば即座にイエローカードが提示されるようになったのだ。サッカー界ではイビチャ・オシムが代表監督を務めていたころだったと思う。その頃から、やたらと「リスペクト」という言葉が頻繁に使われるようになった。協会は知らぬ間に「リスペクト・プロジェクト」という運動を推進しはじめて、レフェリーはレフェリングの上手い下手に関わらず、一様にリスペクトしなければならない存在となった。

縦社会のデメリットがここにも。

レフェリー業界にも、年功序列、資格等級至上主義、実績重視の悪しき慣習がいまだに残っていると僕は思う。フットサルの都道府県レベルの試合では特に、そういう部分が垣間見られる。

例えば、ベテランのレフェリーが主審、若いレフェリーが副審という組み合わせをよく見る。実戦で育成の場を兼ねようという狙いなのだろうが、それぞれの審判の評価は試合が始まる前からフラットだとはいえない。ベテランの動きやジャッジはいつも正しくて、若手の動きやジャッジには常に改善点があるという前提で行われている。ベテランに対してモノが言えるのはベテランよりもベテランな人だけで、若手の教育中は特に、ベテランの顔を潰さないよう配慮される。

レフェリーは技術職なので、経験が大切なのはわかる。だが、もっと実力主義でなければならないと思う。

審判員のレベルを向上するには、若い人を本気にさせるしかない。

このエントリーのタイトルである、「審判員のレベルを向上する、たったひとつの方法」は、謙虚で熱心な若い審判員の絶対数を増やすことに尽きる。

リーグ戦の帯同審判員の義務化によって、登録者数は増えているはずだ。なのに審判活動に重心を傾ける若者が少ないのは、レフェリー業界がいわゆる、「めんどくさい世界」だからではないか。

まず、等級が上がるのに時間がかかりすぎる。
僕に言わせれば、修業期間などまったく必要ない。技術や判断レベル、身体能力が高い人は、飛び級があっても良い。若ければ若いほど視る能力は高いはずで、スピードも若いほうが速いはずだ。「次代のレフェリー界の新星!Jリーグに最年少スーパー高校生レフェリー誕生!」とか、実現したら面白いではないか。

レフェリーの世界は、堅すぎやしないか。

せっかく審判員の資格を取らせたのなら、協会が全審判員に試合の斡旋をすればいい。
なにも公式戦だけにこだわる必要はない。
判断力やコミュニケーション能力を養う必要があるのなら、民間フットサル施設と提携して、大会への審判員派遣を積極的にするといい。場数を踏むことに、公も民も関係ない。
競技チーム同士の練習試合にも、どんどん審判員を派遣すればよい。より本番に近いトレーニングが出来るはずで、けが人も減るだろう。チームがいくらかの報酬を支払うようにすればよい。僕が初めにレフェリーをして楽しいと感じたのは、関西リーグのフュンフバインとカスカベウ関西の練習試合のジャッジを務めた時だった。

AARのような施策が最善だと考えているようでは、今後もレベル向上は見込めない。

AAR(Additional Assistant Referee:追加副審)が今年からJリーグでも導入された。ゴールの近くに立つ審判員を、2人増やしたのだ。(これから寒くなる季節、試合中ほぼ動かないであろうAARの方が体調を崩さないか心配だ。)

プレースピードが向上して、ボールの性能が上がって、ゴール前の見極めが難しいから人数を増やせばいいという考え方がサッカー界の世界的なトレンドになっているようだ。(解釈が間違っていたら申し訳ないが。)

フットサル界は常に、サッカー界に追従してきたが、さすがにこのトレンドに乗ることは無いであろうとは思う。
誤審に関して、個人的には多かれ少なかれあって当然なものととらえており、それもまたスポーツの魅力の一つでもあると思っている。そういうミスが多いレフェリーは降格や一定期間資格停止など、おそらく確立された規定があるのだろう。それを年齢や実績に関係なくしっかりと適用すればよいだけのことだ。

今後、若く優秀な審判員がどんどん輩出されることを願っている。

 

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今日も最後までお読みいただいてありがとうございました。



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