若手が伸びない理由。

若井将平はフットサルの選手。
基礎能力が高く、まじめで練習熱心、賢くて謙虚なフィールドプレイヤー。年齢は22歳です。

そんな若井選手が、昨年度まで所属していた学生リーグから、社会人地域リーグ1部のチームに入団しました。いわゆる挑戦です。

※注:この話はフィクションです。実在する人物や団体などとは関係ありません。

入団したチームは、ダントツの強さではないものの、地域リーグの上位争いができるレベルです。ファーストセットはリーグ屈指の実力で、経験豊富なベテラン5~6人が引っ張るチーム。もちろん、専任の監督もいます。練習は週4回、スポンサーもついていて、若い選手が成長するにはもってこいの環境です。地域チャンピオンズリーグに出て全国レベルを経験すれば、まだ22歳の若井選手のステップアップは確実でしょう。

しかしシーズンがはじまってみると、思うようにはいきませんでした。はじめの数試合は出場機会があったものの、シーズン半ばにさしかかると若井選手は徐々にベンチを温めるようになり、シーズン終盤には出場どころかベンチを外れることがほとんどになってしまいました。

(将来は地域を代表するようなすごいユーティリティプレイヤーになるだろうな。年齢的にはFにもいけるかも。なんなら代表を目指したっていい。)と期待していた選手が、パッとしないまま、1年後にはまた下のカテゴリのチームに移籍してしまう。そんなことが、フットサルではときどき起こります。

なぜでしょうか。

 

若井選手(22歳)の場合。

若井選手は努力家です。
高校まではサッカー部にいましたが名門校ではなく、基礎技術は高いけど、それほど目立つ選手でもありませんでした。大学から始めたフットサルでは努力が実って3回生の途中でレギュラーになれましたが、いわゆるサッカーエリートではないという劣等感からか、自分を実力よりも下に評価していました。大学の4回生になるころにはチーム内で中心選手となり、自信もついてきて、フットサルがとても楽しいと感じるようになり、ますます練習に励むようになりました。

いきなり地域リーグデビュー。

大学を卒業後すぐに、以前から誘ってくれていた地域リーグのチームに移籍しました。見ている人は見ているものです。若井選手の実力は、大学の4年間で想像以上に上がっていました。

監督は開幕戦でいきなり出場のチャンスを与えてくれました。前半残り4分に2ndセットの1人として、地域リーグデビューです。

交代ゾーンからピッチに入って数秒後、左サイドにいた若井選手に、フィクソから矢のようなパスが飛んできます。これまでの練習や練習試合では、受けたことのないようなスピードのパスです。うまく足の裏でトラップできましたが、パスの軌道と同じ方向へのトラップになってしまいました。パスを受ける前から、左手からの殺気を感じていました。相手のプレッシャーの気配が近づくスピードも、これまでに体験したことのないものでした。

何万回も練習したインサイドキックがズレたとき。

「ワカ!出せ!」

自分にパスを出した味方フィクソが右斜めに抜けるフェイクを入れて、右サイドライン際で止まる直前に叫びます。若井選手は無我夢中でフィクソへパスを返しましたが、ボールの軌道は、フィクソの止まった位置より自陣側に2メートルもズレていました。

(あーっ!!もっと降りてくれてると思ったのに!)

若井選手の心の中の言い訳は、(誰にも聞こえてはいませんが)真実ではありませんでした。本当はもう少し左を狙っていたはずだってことは、自分でも分かっていたのです。練習試合や紅白戦のときよりもあきらかに強い殺気をはなった敵の存在が気になったのか、右足の振りのスピードに対して左腕が普段よりも上がっていなかったためなのか、理由はともかく、まぎれもない自分のミスなのです。

自分が最初のワンプレーでミスしたことを認識したとたん、急に観客席が気になりはじめました。

今日は大学時代の同期や後輩も観にきている。彼らの目に、今の俺のミスはどう映ったんだろう。そんな考えが、頭の中を支配していきます。

「ワカ!!裏!!」

ゴレイロの怒声にも似た叫びで、ハッと我に返りますが、相手のキックインから自分のマークすべき選手に完ぺきに裏をとられて、どフリーでシュートを打たれてしまいました。幸いにもシュートはゴール左にそれて再びマイボールになったものの、立て続けに自分のミスでチームを窮地に追いやってしまった若井選手は、頭が真っ白になってしまいました。

「ワカ!ドンマイ!気にすんな!」

ゴレイロがひと声かけます。

何百万回も練習した足裏トラップが空(くう)をきったとき。

「アールエー!!」

右サイドにいたフィクソが前プレ回避のサインを出しました。

冷静な時なら右アラが間で受けるサインプレーだとすぐに分かるのに、テンパってしまった若井選手は、サインプレーの動きが頭から飛んでしまっています。

(あーるえー??)

ゴレイロからパスを受けた右サイドのフィクソから、若井選手に強くて正確な横パスが飛んできます。

(アールエーってなんだっけ??)

何千回、何万回、いや、何百万回かもしれません。途方もないほど練習した足裏トラップが空(くう)をきって、ボールを後ろに逸らしてしまいました。

(!!!)

若井選手は立ちすくみ、その場で消えてしまいたくなりました。

その後、若井選手は交代させられるまでの数十秒間、自分がどこへ走って何をしたのか、まったく覚えていませんでした。そしてその試合、若井選手が再びピッチに戻ることはなく、チームは1点差で敗れてしまいました。

※注:何度も言いますが、この話はフィクションです。

 

まじめな選手ほどミスを恐れてしまう。

若井選手はこの開幕戦の苦い経験を、ずっと気にしていました。公式戦の2試合目も3試合目も、出場機会がワンポイントずつありましたが、ミスを恐れ、無難なプレーを選択するようになっていました。練習試合や紅白戦ではとても良いプレーができるのに、公式戦になると途端に縮こまってしまいます。いつしか監督も、「若井は本番に弱い」という先入観を持つようになっていき、計算に入れにくい選手の一人と捉えるようになりました。

結局はメンタルなのか。

若井選手の気持ちがわかるという人は(少ないかもしれませんが)、いるかもしれません。多くの方が、「若井選手はメンタルが弱いだけだよね」と、感じることでしょう。

しかし、僕はそうは思いません。

若井選手は、地域リーグのその舞台でプレーすることに慣れる機会を、たまたま失っただけだと思います。

誰にでも、緊張してしまう舞台がある。

百戦錬磨のベテラン選手はなぜ毎回、地域リーグの舞台に立っても緊張しないのでしょうか。

その答えが、「慣れ」です。

みんながみんな若手だったときは、恥ずかしいミスをしても、それを恥じている暇はありませんでした。緊張しようがミスをしようが出番は来るし、そもそも観客の目を気にするほど、観客がいなかったというのもあります。

黎明期からプレーしてきた選手は、黎明期だったがゆえに、徐々に観客が増えていって、緊張に慣れていく成長曲線と、舞台が大きくなっていく成長曲線とがシンクロしていたのでしょう。

それを証拠に、地域リーグで大活躍していた選手であっても、例えば代表合宿にいったら、何もできないどころかミスを連発してしまう場合があります。

今は、舞台のほうがある程度成長して、多くの若手がデビュー戦では緊張せざるを得なくなりました。

緊張しているときもたまたま良いプレーができた若手は、自信と慣れを手に入れることができます。「あいつは度胸がある。大物になる。」という評価も得られるかもしれません。

若井選手のような不運な選手は、自分はメンタルが弱いかもしれないと思い込んでしまうのと同時に、周りにも「あいつは本番に弱い」という印象付けをしてしまうのです。

メンタルが強いとか弱いではない。

立つ舞台に慣れているか、まだ慣れていないかだけの違いなのです。

「いいや、俺はこれまでまったく緊張したことがない!」という強靭なメンタルの持ち主がいるかもしれません。ですが、そんな人でも緊張して足がすくむ舞台があるはずです。まだそこに上がっていないだけなのです。

 

どうすれば若井選手は伸びるのか。

緊張に対する慣れには、個人差があります。どの舞台なら緊張するのかという許容範囲と、その舞台に慣れるスピードには、人によって大きく違いがあります。あるいは、この個人差をメンタルの強さと呼ぶのかもしれません。

必要なのは本人の認識と、周囲の理解。

若井選手はまず、「誰もがみんな緊張するものだ」ということを知る必要があります。気持ちが少し楽になり、緊張を楽しめるようになればしめたものです。

チームメイトが、「若井はメンタルが弱い」と決めつけるのは間違いです。あなたにも緊張で頭が真っ白になる場面はあったはずです。たまたま乗り切ったか、何度も経験して慣れたのでしょう。

監督は結果とのバランスに悩むところでしょうが、緊張からくるミスによる失点を「損失」ととらえずに、「投資」と考えて根気よく辛抱するほかありません。フットサル界の未来を作るのは、皆さんの辛抱強さにかかっているのかもしれません。

若手が伸びない理由はこれだけではないでしょうが、これが理由のひとつであると、僕は感じています。

今日も最後までお読みいただいてありがとうございました。



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