京都のフットサル界で僕がやろうとしていたこと / 第4章 ずっと公言できずにいたこと。

2017/02/01

時間を大切にするのか、マイボールを大切にするのか。

フュンフバインの監督をしている時の話だ。
ある若手主力選手とベテラン主力選手との間に、微妙な考え方の違いが生まれた。

試合中の守備から攻撃への切り替え、トランジションについての話だ。

その若手は、ボールを奪ったらすぐに前を向いてシュートまでの最短距離を取る選択をしたいと言う。なぜなら、ボールを奪った瞬間が、相手の守備が最も崩れている瞬間だからだと。

ベテランは、全てを急ぎすぎないほうが良いと言う。なぜなら、不十分な状態ではミスから逆カウンター(カウンターのカウンター)を食らう場合も多いし、何よりもいつも練習している自分たちの攻撃の形をやりたいからだと。

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どちらの言い分にも、一理ある。
フットサルの得点のほとんどはセットプレーとカウンターから生まれる。カウンターの速いチームは強い。しかし、3-2の数的有利をミスると、1-2または1-3の数的不利となる。逆カウンターの決定率は、多くの場合高くなる。ベテランになるほど、そういう経験を何度もしていて、慎重になる。

僕はどちらの意見も尊重し、あえて方針を決めることなくその時その時の状況と選手の判断に任せた。すると、その若手がカウンターの起点となったら速攻、そのベテランが持ったらやり直して遅攻という、チェンジアップの効いたトランジションができるようになって、結果的にはほどよくバランスを保てた。

結果よりお金より、何よりも大切なのものは、時間だと思う。

好みの問題と言われるかもしれないが、当時から僕の考えは少し若手寄りに傾いていて、その考えは今も変わらない。そもそも点を取らないと絶対に勝てないし、ゴールを決める喜びがあるからフットサルをしているのだ。リスクを冒しても、点を取りに行くために、1秒でも無駄にしたくない。失点が怖いなら、はじめから試合をやらなければ良い。

しかし、僕は自チームでは若干ベテラン寄りの采配やアドバイスをした。フュンフバインは攻撃に比重を置いて勝てるチームではなかったからだ。フュンフを純粋に応援してくれて、休日の時間を割いて観戦しに来てくれる人たちが、少なからず居た。内容はともかく、勝利の喜びを分かち合いたいという気持ちがあった。また、結果を出せば、選手の未来が変わる可能性がある。アマチュアだろうがプロだろうが、監督には、結果を出す責任が求められている。

リーグ運営者としての立場では、見ている人に、「すげー!」と言わせてほしいと、常々思っていた。
エンターテインメントのコンテンツとして価値があるのは、観客の心を震わせることだ。

スピード感あふれるカウンターの打ち合いには、会場が沸く。
インテンシティの高いハイプレスを、スレスレのパス回しで回避すると、会場にはどよめきが起こる。
鳥肌の立つような展開。スピードとスタミナと強さと知識と意思の疎通とテクニック。速いのに落ち着いて卓越した技術を見せられるかどうか。かつて、「スペクタクルなフットサルを見せる」というような表現がされていたが、観客がいるなら、Fリーグでなくともそういうスペクタクルを目指す必要がある。

選手だけ、チームだけじゃない。観客の時間も共有しているのだ。
勝敗の結果よりも、「すげーものを見た」という心のバイブレーションが、「次も見たい」につながる。

競技リーグは、日本代表を目指す若い選手を育てる場所であるべき

地域リーグも都道府県リーグも、向上心のある若い選手を着実に育てることができるリーグであるべきだと、僕は思う。プレースピードも強度も、速ければ速いほど、強ければ強いほど良い。プレッシャーのないところで上手に止めて蹴る技術は、上に行けば行くほどなんの役にも立たなくなる。
味方にぴったりマークがついていてもパスを出せばいいし、試合終盤で疲れていてもプレスが緩まない文化があれば、切り替えの速さ、パスの精度、素早い判断力、上手なカラダの使い方が求められる。

乱暴な言い方をすれば、ベテランは試合を落ち着けるためにいるのではない。ゆっくりプレーしようと思うなら、その選手は一線を退いたほうが良い。

育成年代より、シニア 。

各地で「育成年代へのフットサルの普及」が声高に叫ばれるようになっていたが、僕はまず先に、シニアリーグを整備しなければならないと考えていた。
シニアリーグを早く作らなければ、日本のフットサルは衰退するとさえ思っていた。

京都では(他の都道府県でも同じような傾向があると思うが)、一線を退いたベテラン達が、新たにチームを作ってカテゴリを落としてリーグに参戦するという流れができていた。ベテランチームは確かに試合巧者で、40分すべての時間を100%で戦うわけではない。要所要所だけ、力を発揮して、結果を出す。徐々にベテランチームが昇格してカテゴリを上げていくと、リーグ戦自体がスローペースになっていく。「ゲームコントロール」、「リスクマネジメント」の名のもとに、テトリスのようなフットサル(第1章参照)が主流になった。これが、若手が思うように育たない原因のひとつなのではないかと、僕は考えていた。

この悪循環を絶つには、ベテランの受け皿となる競技シニアリーグを用意する必要がある。

結婚、子育て、仕事。
社会的・家庭的な責任のウェイトが大きくなってくると、トレーニングに充てる時間が思うように取れなくなる。いったいいつまで選手として現役でやれるのかという考え方になる。
僕に言わせれば、引退などしなくていい。同年代のチームを作って、競技として、生涯、徐々に強度を下げながらプレーすればいいのだ。練習も公式戦も月1、2回程度なら、嫁にヤイヤイ言われることもない。

京都府にそんなリーグを作って、細かくフレキシブルに年齢設定を分けて、近隣の府県からも参加できるようにする。選手が高齢化することで、数年ごとにリーグのカテゴリは必然的に上方向に増える。フットサル競技人口を確保することにもなり、業界を盛り上げる効果もある。そういった動きは全国に広がるだろう。

一方、トップリーグは若い選手がスピード感のあるフットサルを繰り広げて、日本代表を目指せるタレントの分母は大きくなる。
シニアのチームは全日本フットサル選手権の時に、若いチームに胸を貸してやればいい。

そんな構想を描いていることを、必死に頑張っているベテランの選手を前にしてずっと公言できずに僕は、2010年暮れ頃から自分の経営するフットサル場建設の計画を進めていた。

前回:【第3章 確信:京都府選抜を率いて。】へ

次回:【第5章 人生最大の挫折。】につづく

 



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